「失敗は成功の母」

ここ最近、とんとその言葉は聞かなくなってきたように思える。

来年には東京オリンピックが開催される。

国立競技場のイスだったり、予算の問題だったり、マラソンのコースだったり。

あらかじめ予測できる失敗は回避できるように準備をしよう。

ましてオリンピックほどの大舞台で失敗することは許されない。

だから念には念を入れた準備をする。

これは当然だと思うし、いい傾向だとも思う。

ただ、なんとういか。

失敗してもいいからやりきってみようっていう思い切りの良さを感じない。

失敗しないことに頭を取られて、がんじがらめになって、動きにくくなっているような気がする。

これは教えている子たちにも言える。

失敗を恐れて動けない子

失敗するのを怖がって問題を解く手がなかなか動かない。

塾に入りたての子に多いこのケース。

特に国語の問題なんかを解いているとそれが顕著に出てくる。

なかなか手が動かないから、答えを口で言ってみるように促すとまずまずの解答が言える。

でも書かない。

潔癖かってくらい×を嫌う。

そうなる背景は人それぞれだろう。

だけど共通しているのは×がつく自分が嫌っていう自尊心を守ろうとしていること。

正しい答えは書くけれど、決してそこに×の印はつけない。

だけどはっきり言えば、そんなちんけなプライドを守っていても力はつかない、伸びない

勉強の目的が×がつかないことになっている。

伸びている子は冷静に×をつける

教えている5年生の一人は答え合わせのときにたんたんと〇×をつける。

そのスムーズさはまるで他人の答案を答え合わせをしているようだ。

で、×のついた問題をすぐさま見なおす。

原因を探る。

分からなければ解説を見る、先生に聞く。

そうして、あ~っと納得したらすぐに解きなおす。

これ。

これである。

これこそ伸びる子の勉強だ。

そしてこれは能力があるからできることではない。

一種の習慣だ。

食事の前に手を洗う。

靴を脱いだらそろえる。

そんな日常的な習慣と同じ。

初めはだれもができないが、繰り返していくうちに自然とできるようになるアレ。

その習慣の始まりが冷静に×をつけることなのだ。

×はその人にとっての養分

だれだって×がつくのが好きなわけがない。

上に挙げた子だって×がつくと「えぇっ!?」とか「あっ…」とか一々反応する。

×がついた答案を見たらだれだって落ち込む。

だが、×がついた問題にはその人が伸びるための養分がたっぷりつまっている。

その人が間違う原因がそこにある。

それはケアレスミスかもしれない。

知識不足かもしれない。

勘違いかもしれない。

いずれにしても原因がわかればそれを補うことができる

どうしたらミスをしないで済むか。

暗記や理解が足りないから覚えなおそう。

そういうきっかけが生まれる。

そして勉強が軌道に乗りはじめるとそこに変化が生まれる。

×がつくのがうれしくなる。

もちろんわざと間違えるようになるというわけではない。

全力で解答した問題に×がつくと、ほんの少しの落ち込みと同時に大きなワクワクが生まれてくる。

まだまだ強くなれるチャンスがある。

これができるようになったら更に強くなれる。

そんな期待を感じるようになる。

だからテストや模試、普段の勉強の×を活かそう。

全力で取り組んだ結果生まれたミスにこそレベルアップのカギがある。

失敗は成功の母なのだ。

 

この記事を書いた人

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陌間 和将
山王教室の責任者・国語の教科責任者を担当しています。
日常の授業を通して考える習慣を身につけてもらうべく、様々な仕掛けを凝らして授業をしています。